そろそろ忘れそうな大阪弁

「記憶が頼り」という間違った言語採集。たぶん河内方言風味。

〜いで

2007.02.17 Saturday
そろそろ忘れそうな大阪弁 > ア行

この部分だけだと「〜しなくて」辺りに相当、です。前に来るものは業界用語で未然形とか言うんじゃないかと思います。「い」が否定です。たぶん。

この表現、「そろそろ忘れそう」どころか私は日常的によく使っているのですが、どうも同世代の人たちがあまり使わなくなっているように感じるのです。もっと若い人たちの日常会話で頻出しているということもなさそうです。

例:「行かいでか」
(訳:行かないということがあろうか、いやない[=必ず行く])

「*行かなくてか」と訳すのもおかしいよなと思っていたらこうなってしまいました。「行かなくて(どうするの)か」などと補っておけばよいのかもしれません。

例:「そない急(せ)かいでも間に合う」
(訳:そんなに急がなくても間に合う)

など。使えば通じるのですが、これは廃れつつある言い回しなんだろうか。

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    ちょうず

    2007.02.04 Sunday
    そろそろ忘れそうな大阪弁 > タ行

    ばあちゃんのアクセントはHLL

    こちらの見出しで書くべきものかと思うのですが、ばあちゃんがよく使っていたのが「お」がついたおちょうずのほうだったので、あちらを主、こちらを従としました。

    そんなわけで、詳細はおちょうず参照。

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      おちょうず

      2007.02.04 Sunday
      そろそろ忘れそうな大阪弁 > ア行

      漢字で書くと「お手水」。「お手洗い」「トイレ」の意。アクセントはLHLL

      たぶん国語辞典を引けば「ちょうず」も「はばかり」も語義に便所が挙がっていそうなのですが、誰にでも通じるたぐいの言葉ではないと思うのです。

      祖母はトイレのことをおちょうずと呼んでいたのですが、今の日常生活でトイレのことをおちょうずと呼ぶ人に全く出くわさないし、同年代の大阪の人に話しても通じなさそうなので、書き残しておくことに。

      今は水洗になっていたり、家の中で1個所だけになっていたりするのですが、私が小さい頃にはなぜか2個所使われていました。うち1個所は完全に家の外。靴をはかないとたどり着けない場所にある、おちょうず

      なぜか祖母はこの面倒なほうを使わせようとするのですよ。小さい子供としては、夜にわざわざ一旦家の外に出て頼りない裸電球だけが点いた非水洗のものよりは、もう少し怖くなくて水洗式(でも頼りない裸電球しかない点は同じ)のほうを利用したかったのですが。

      今にして思えば、家の外のほうのおちょうずは元専業農家だった家としては重要な肥料生産施設だったんだろうと思います。その名残で、子供たちも生産者として連れて行かれていたのかもしれません。その頃には、食っていける規模の農業はしていなかったし、肥料も化学肥料や鶏糞を使っていたようなので、実際の利用はなかったのに。畑の隅っこに、往時の名残らしき肥だめはありましたが。

      私が小学生の頃に地域一帯が一気に水洗式に移行した時期があって(下水道整備だか何だかがあったのだと思う)、その頃に「怖いほう」のおちょうずは廃止されました。

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