そろそろ忘れそうな大阪弁

「記憶が頼り」という間違った言語採集。たぶん河内方言風味。

はったい粉

2007.05.11 Friday
そろそろ忘れそうな習俗

これ自体は「忘れそう」でも何でもないのかな。はったい粉(はったいこ。アクセントHHHHH)。麦を炒って粉にしたもの…らしいです(祖母・談)。

たぶん菓子材料にしたりとか、本当はいろいろと使い道があるんじゃないかと思うのですが、うちではそのまま食うものでした。おやつとして。

いまどきはどこで入手するのかよく知らないのですが、私が子供の頃は近所の米屋さんで買うことになっていました。おつかいに出されたりもしたものです。で、子供心に「量の割りにあんまり高くないよな」と思いながら、褐色の粉が入ったブクロを米屋のおいちゃんから渡されて帰ってくるわけです。

そして、このはったい粉をどう料理するわけでもなく。

  1. 器に必要量だけ移す。うちでは困ったことに丼が使われていたので2カップぐらい。
  2. そこへ砂糖を適宜入れる。
  3. ひたすら混ぜ混ぜする。このプロセスは、餅につけるきな粉と同じ。
  4. 粉のまま食う。

そういうシロモノでした。祖母は「昔はよう食べたもんや」と言っていました。

まずいとは思わなかったし(むしろ美味しいと思って食べていた)、唾液が粉に吸収されまくることと、粉が口に入った状態でうっかり口から息を吸い込むと大惨事が起きることに気をつければ、さほど悪いものではなかったように思うのです。当時は、世間の同年代のガキンチョがホットケーキなんぞを食べてそうなことを思い浮かべて「なんか貧乏くさくないか?」と思ったりしていましたが。

「砂糖入りはったい粉。粉のまま」という、ただそれだけのおやつ。20年以上食べていません。当時買いに行った米屋さんに「はったい粉あります」という紙が貼られることもなくなりました。と、忘れそうなので記録。

真面目に調べる気力がないのですが、砂糖を混ぜるだけでそのまま食べる以外にきっとあるはずの、もっとまともそうな調理法が気になります。

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    探し物が見つかる言葉

    2007.01.22 Monday
    そろそろ忘れそうな習俗

    ときどき、探し物という実に無駄な用事が発生します。どこに置いたか思い出せなかったり、どこに仕舞ったのか思い出せなかったり、いつも置いてあるはずの場所になくて困ってしまったり。

    そんなとき、ばあちゃんは謎の呪文を唱えながら探していました。この言葉を唱えながら探せば必ず出てくる、と。

    清水の滝の水は尽きるとも失せず

    針の出でぬことなし

    見るからに針を見失ったときに唱える言葉だと思うのですが、ばあちゃんはありとあらゆる探し物でこれを唱えていました。こういうのは「3回唱える」と回数が決まっていたりしがちですが、ばあちゃんによるとこれは探している間ずっと唱え続けるものなのだそうです。

    子供心にどうもこの呪文の字数におさまりの悪さを感じていたのですが、いつぞやにおさまりの良い字数の同じような言葉を知りました。

    清水の音羽の滝は尽きるとも

    失せたる針の出でぬことなし

    五七五七七。たぶん、これかこれに近いものが元のバージョンで、それがいろんな経路で口伝されていくうちに祖母バージョンになったんじゃなかろうかと思います。そういえば京都・清水寺に音羽の滝というのがあったような。

    これを受け継いでくれる対象もいないので、忘れないように記録。

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