そろそろ忘れそうな大阪弁

「記憶が頼り」という間違った言語採集。たぶん河内方言風味。

おとす

2008.01.30 Wednesday
そろそろ忘れそうな大阪弁 > ア行

漢字では「落とす」なのでしょう。そのまま。標準語でも使う語。アクセントも「財布を落とす」場合と同じ、HHH

これだけでは何がどうそろそろ忘れそうな大阪弁なのか全くわからんわけですが、ここでは(門・扉・戸を)施錠する/鍵をかけるの意です。

例:「玄関落としてんか。勝手口はワイが落とすさかい」
(訳:玄関を施錠してくれるか。勝手口は自分が施錠するから)

例:「ほな行こか。あっ。家、落としたか?」
(訳:じゃあ行こうか。あっ。家の戸締まりをしたか?)

「家をおとす」こともあります。

未だに母が「おとす」を多用していますし、私自身も使うのですが、近頃通じにくくなりつつあるようなので記載。

元々、閂(かんぬき)の棒を文字通り「落とす」ことで戸締まりをしていたことの名残なのかな?鍵を錠に差し込んで回したりドアノブのポチを押したりする方式よりも、つっかえ棒などを南京錠で固定する類の施錠方式のほうが、個人的な「落とす」のイメージに近いです。

うちではどんな形態の錠であっても「戸締まり=落とす」でした。母や亡祖母にとっては、指紋認証だろうが何だろうが家の出入口をロックする行為は「おとす」のはず。自動車のドアの施錠がどうなのか気になるところですが、長らく自動車と無縁な家だった関係でよくわかりません。

少なくとも母に「車、落としたか?」と訊かれたことはないので自動車のドアは別の扱いなのかも。

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    おとましい

    2007.05.06 Sunday
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    「面倒だ/煩わしい/動きたくない/いやだ」というような意味。アクセントはHHHLL。「疎ましい(うとましい)」との関係はよく知りませんが、全く別物ということはなさそう。

    負のオーラを持った語です。いまどきの口語では「めんどくさい」「じゃまくさい」「(かっ)たるい」辺り。また、疲れていたり体調を崩していて、動きづらい、身体がだるいというようなときも「おとましい」という言葉が使われていました。

    例:「毎日更新て、そんなん考えただけでもおとましい
    (訳:毎日更新なんて、そんなことを考えただけでも面倒だ)
    意味:ブログツールを使ってはいますが今後も更新頻度は低そうです

    例:「何や昨日の寝しなからおとましゅうてな。今日は寝とく」
    (訳:何だか昨日寝る前からだるくてね。今日は寝ておく[ことにする])

    世の中、なんなと(何なりと。何かと)おとましいとき、おとましいことがあるんやなかろうかと。

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      〜いで

      2007.02.17 Saturday
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      この部分だけだと「〜しなくて」辺りに相当、です。前に来るものは業界用語で未然形とか言うんじゃないかと思います。「い」が否定です。たぶん。

      この表現、「そろそろ忘れそう」どころか私は日常的によく使っているのですが、どうも同世代の人たちがあまり使わなくなっているように感じるのです。もっと若い人たちの日常会話で頻出しているということもなさそうです。

      例:「行かいでか」
      (訳:行かないということがあろうか、いやない[=必ず行く])

      「*行かなくてか」と訳すのもおかしいよなと思っていたらこうなってしまいました。「行かなくて(どうするの)か」などと補っておけばよいのかもしれません。

      例:「そない急(せ)かいでも間に合う」
      (訳:そんなに急がなくても間に合う)

      など。使えば通じるのですが、これは廃れつつある言い回しなんだろうか。

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        おちょうず

        2007.02.04 Sunday
        そろそろ忘れそうな大阪弁 > ア行

        漢字で書くと「お手水」。「お手洗い」「トイレ」の意。アクセントはLHLL

        たぶん国語辞典を引けば「ちょうず」も「はばかり」も語義に便所が挙がっていそうなのですが、誰にでも通じるたぐいの言葉ではないと思うのです。

        祖母はトイレのことをおちょうずと呼んでいたのですが、今の日常生活でトイレのことをおちょうずと呼ぶ人に全く出くわさないし、同年代の大阪の人に話しても通じなさそうなので、書き残しておくことに。

        今は水洗になっていたり、家の中で1個所だけになっていたりするのですが、私が小さい頃にはなぜか2個所使われていました。うち1個所は完全に家の外。靴をはかないとたどり着けない場所にある、おちょうず

        なぜか祖母はこの面倒なほうを使わせようとするのですよ。小さい子供としては、夜にわざわざ一旦家の外に出て頼りない裸電球だけが点いた非水洗のものよりは、もう少し怖くなくて水洗式(でも頼りない裸電球しかない点は同じ)のほうを利用したかったのですが。

        今にして思えば、家の外のほうのおちょうずは元専業農家だった家としては重要な肥料生産施設だったんだろうと思います。その名残で、子供たちも生産者として連れて行かれていたのかもしれません。その頃には、食っていける規模の農業はしていなかったし、肥料も化学肥料や鶏糞を使っていたようなので、実際の利用はなかったのに。畑の隅っこに、往時の名残らしき肥だめはありましたが。

        私が小学生の頃に地域一帯が一気に水洗式に移行した時期があって(下水道整備だか何だかがあったのだと思う)、その頃に「怖いほう」のおちょうずは廃止されました。

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          いぬ

          2007.01.24 Wednesday
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          「家に帰る」ことなのですが「(家に帰るために)ある場所から去る」と書いたほうが正確なのかもしれません。アクセントはHH。漢字で書くと「去ぬ」か「往ぬ」なのでしょう。ちなみに「犬」はアクセントがHLです。

          古文でナ行変格活用とかいうのがあったような気がするのですが、あの「去ぬ」と元は同じなんだと思います。古文ではないので「いな-しまへん、いに-まっさ、(略)、いの-かいな」と活用させておけばよさそうです。たぶん五段ほどあります。「去ぬる」や「去ぬれ」はありません。

          「去ね!(いね!)」と厳しい口調で言うのは、喧嘩腰で「(目の前から)失せろ/出て行け/とっとと帰れ」と言うような稀有な事例です。なぜかこうした部分だけが印象に残りやすくて「河内弁=怖い」になる場合も多々あるようですが、実際の「いぬ」はもっと一般的に普段の会話で何気なく使われるものです。目上の方が「去なはった(いなはった)」りもします。

          例:「今日の晩、すき焼きやさかい、ここらで去にまっさ(いにまっさ)」
          (訳:今日の晩御飯はすき焼きなので、この辺で帰りますね)

          例:「はよ去なんならん(はよいなんならん)」
          (訳:早く帰らなくてはならない)

          「はよいなんならん」、アクセントはLLHHHLLLです。そういえば、どこにも説明を書かないままL(低)やH(高)でアクセントを表記しています。また書こう。

          学校や会社や外出先から「去ぬ」、そして家に着くのが基本です。また、自宅に来ていた客人が目の前から去って帰途についた場合も「お客さん、去なはった(いなはった)」。「去ぬ」はどうやら出発していそうです。帰って到着する意味ではないのです。

          移動する人が今いる場所「から離れて」家に帰るというような意味合いなので、家にいるおかあちゃんに電話をしたときに「あんた何時になったら、*家に去ぬん?」と言われることはありません。そういう用法が存在する地域もあるのかもしれませんが。

          家にいる家族側から「何時になったら帰って来るのか?」と尋ねるときには、もってくるという言葉を用います。「(家に)戻ってくる」の意。こちらが到着

          これは同年代の人でもときどき使っているのを聞くのですが、だんだん聞く機会が減っているように感じます。

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